2006年02月24日

いっそ完全になかったことにしては?

人権救済条例:施行停止の条例案を提案 鳥取県知事(毎日新聞)

ま、当然と言えば当然の帰結なのだろう。

どうせなら、このような動きそのものを
完全になかったことにしてしまえばいい
のだろうけれども。

まだしぶとく予算をつけて云々みたいなことをやっているが、
条例そのものに拒否反応があれだけ出ていることを
まさか片山も知らないわけではあるまい


そもそも、国がどうするかも決めあぐねていることを、
一自治体が先行してやろうとすること自体がおかしい

だったら、条例制定の動きを無に帰させて
何もなかったことにしてしまえばいい
だろうに。
そうすれば、全てが丸く収まる。

ただ、一方で思うのだが、
我々はとかく放埒に「表現の自由」を行使しようとはしていないか

表現をする側に一定の節度があってこそ
「表現の自由」は許容される
のであって、
それがなければ、先日の風刺画事件のようなケースが起きてしまう

表現を行う者の表現を、国や自治体が要らぬ枷をはめて
過度に抑制しようとするのは確かに良くない行為ではある

しかし、表現を行う側に良識や節度がなくても良いというわけではない
表現をする側にも良識や節度は十分に必要であり、
それがないのでは、危なっかしい表現が横行することもあり得る

「表現の自由」とは、そんなもののために叫ばれるべきではない

何故国の法案や鳥取県の条例が議論されることになったのか
そこをもう一度考え直す必要はあると思う。
ただ闇雲にそれらに反対するだけでなく、
「表現の自由」というものが如何なるものの上に成り立っているか
そこを冷静に考えていく必要があろう
そうして答えを探していくうちに、うまくすれば、
このような内容の法案や条例が制定される必要が
完全になくなるかもしれない
ではないか。
posted by KAZZ at 20:15 | 島根 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 地方自治一般
この記事へのコメント
コメントを書く
※いただいたコメントは必ず拝読しております。
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※半角英数字のみのコメントは投稿できません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。