2005年01月05日

騒ぎすぎ

明けましておめでとうございます。
旧年中は多くの方に御覧いただき、
本当に嬉しく思っています。
本年もどうか、当BLOGをよろしくお願いします。

さて、本年1発目は、越県合併の話題から。
例の、山口村問題である。

結局、議会の議決に押される形で、
田中康夫長野県知事が申請を行うことになった

村では賛否両論あったというけれども、
実際の生活圏がどちらに向いているか、
長野県に残るメリットは何か、
というあたりを整理していったら、
越県合併で中津川市にくっつくのが妥当であろう、
ということに住民投票で落ち着いた。

にもかかわらず、わけのわからない理由で
合併に反対し、徒に進捗を遅らせた。
この点において、田中康夫の考えは間違っている。

記事中において、合併反対だという松本の弁護士氏は
「日本の歴史の崩壊が始まった」などと言っているが、
何が崩壊なのか、逆に教えていただきたい。
これを逆に新たなる創造の始まりと考えればいいではないか。

小さな区切りで自活する自治体というと
確かに聞こえはいいかもしれないが、
現実にそれが立ち行かなくなった時、
誰がどうやって責任を取るのか。
自治体は企業などと違って、
ダメになったら潰しましょうなどということは出来ない。
その辺りに思慮を巡らせた時、
本当に長野県に残るという選択が
合理的なものかどうか疑わしいではないか。

無論、岐阜県に編入され、中津川市に組み込まれることが
100%正しい選択かと言われると、
決してそれを断言することは出来ない。
しかし、そこに住む人々の暮らしが、
結果的にどっちを指向するかとなったら、
それまでの流れを引き継いでおいた方が
後々問題を大きくせずに済む可能性がある。
であるならば、生活圏としての中津川市に
組み込まれても何ら不思議ではないし、
それがたまたま隣の県にある都市だった、
というだけの話ではないか。

別に、山口村に限った話ではない。
全国で似たような事例は多くあるだろう。
ただ、具体的に話が進まないだけのことなのだ。

元々、今ある都道府県にしたって、
多くの紆余曲折を経て境界と属性が決まったわけで、
そこには意に添わないプロセスもあったはずだ。

都道府県という単位の見直しを考える上で
今回の事例は非常に重要な意味を持つだろう。

無論、道州制の配分にまですぐに話が進むわけではないし、
これもこれで多くの紆余曲折を経ると思う。
しかし、生活実態が何処に向いているかを考慮した上で
市町村合併が考慮されるかどうかを考える時、
今回のケースはきわめて妥当な結論を得たと言えよう。
posted by KAZZ at 20:53 | 島根 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 田中康夫長野県政
この記事へのコメント
コメントを書く
※いただいたコメントは必ず拝読しております。
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※半角英数字のみのコメントは投稿できません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。