2006年11月01日

政治が教育に果たす責任って何だ?

未履修救済 政府、「補習50時間」で最終調整(産経新聞)

何か、ここ数日の慌ただしい動きを見てると、
とっとと「救済措置」なるものを決めてしまって、
一刻も早くこの問題をなかったことにでもしたい
ような、
そんな印象を受けてしまう。

そのような行状を見ていると、
教育に対する政治の側の態度として、
それってどうなのか
という気がする。

確かに教育現場(学校・教員・生徒・教委)にも
それぞれに一定の非はあると思う一方で、
国の教育施策を決めてるのは、じゃあ誰なの?
という話になった時、文部科学省と政府の責任論ってのも
やっぱり少なからずある
のではなかろうか。

政治が教育に果たす責任は重い
学習指導要領を定めるなどする以上は、
常日頃から相応の責任意識を持って臨まなければ、
制度的にも質的にも、教育の在り方がおかしくなりかねない


この問題の場合、重要なことは、必要な単位を
正常なやり方で取得させること
であって、そこに救済」だのという
ルール違反に対する甘やかし」を持ち込むことは
正常にルールを守ってきた学校や生徒に対して
著しい不公平感を与える
ことになってしまう

政治は本来、そのような不公平感をなくすために動いているのではないのか

例えば、NHKの受信料問題を考えてみればいい。
払わないのは不公平だからと、法的拘束力を持つ督促をすることを
政府は事実上容認しているではないか。
乱暴に言えば、それと問題の質は変わらないのである。

なのに、そのことには頬被りを決め込んで
救済」してやるなどとする居丈高なこの態度

政治の責任論を一切放棄するが如きこんな輩
声高らかに「教育改革」だなんて、ちゃんちゃらおかしい
posted by KAZZ at 20:02 | 島根 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 国内政治(政党)
この記事へのコメント
 大勢で長い期間やってればたとえ悪い事でもOK、なんですね。チェックも罰則ないルールなんて決めるだけ時間と労力の無駄って感じですねぇ。といってルールがなければ何時までもやりたい放題なんでしょう。
Posted by ボッケニャンドリ at 2006年11月02日 10:09
結局、大学に行かせるってことを主眼に置きっぱなしで
これまでの教育施策を進めてきたツケなんですよ。
これを是正するっていうのは大変なことです。
Posted by KAZZ at 2006年11月02日 19:30
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