2006年12月22日

一身上の都合

私も折に触れて「一身上の都合」という表現を使うが、
そういう表現を用いる場合はほぼ大抵、
人様にお知らせするほど大層な所用ではないことがほとんどで、
そうでなければ、このような表現は使わない。

さて、そんな「一身上の都合」という表現を
とある案件の釈明をする中で、実に13回も使ったという
何が言いたいのかよくわからない御仁がいらっしゃる。


本間税調会長辞任 安倍政権にまた打撃(スポーツ報知)


政府税調の会長が、しょうもない不祥事を起こした責任を取って
職を辞した件
について、釈明を求められた総理大臣・安倍晋三は、
この「一身上の都合」なる表現を13回も用いたばかりか、
やむを得ない」なる表現も11回用いたと、記事にはある。

斯様な枝葉末節からも窺い知ることができるように、
表現力の足りない御仁が総理大臣などという重職に就くと、
いざというときに困らなければいけない


そういえば安倍という人は、施政方針演説に於いても、
妙ちきりんなカタカナ語を駆使して世の失笑を買っていたが、
どうやら言葉のセンスを持ち得ない御仁であるらしいことが
ここに改めて確認できたと言える。

政治家はある程度、言葉を使う商売である。
であるからこそ、自身の言葉には必然的に一般人以上の責任が生じ、
その重みは我々の発する言葉よりもずっと重い
と見られる。
それ故に、言葉を弄しすぎるのもいけないし、
言葉を出し惜しみしすぎるのも良くない
言葉の使い方に常に細心の注意を払うべき商売である。

そのようなことが、この総理大臣にはわかっていないのかもしれない。
そもそも、そんな御仁がどうして総理大臣になれたのだろう。
そこがよくわからない。


それにしても、本間前会長に於ける事象を巡って、
何故そこまで「一身上の都合」だの「やむを得ない」だのと
本質をぼやけさせなければならないのだろう。
必要な説明責任を果たさないリスクを背負ってまで
本間という御仁を庇い立てしなければならない理由とは、
いったい何なのであろうか


もしもかかる質問を安倍にしたら、やはりこの会見と同じように、
一身上の都合」だの「やむを得ない」だのと言われて
有耶無耶にされるだけなのだろうか。
posted by KAZZ at 19:48 | 島根 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 国内政治(内閣・政府)
この記事へのコメント
コメントを書く
※いただいたコメントは必ず拝読しております。
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※半角英数字のみのコメントは投稿できません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。