2005年04月20日

おいしいところを持って行かれて憤慨する男

ま、言うまでもなく、
Livedoor対フジサンケイグループの買収抗争における
村上世彰のことを指すわけだが。

国会に呼ばれてあれこれ不満をぶちまけてきたんだそうだ。
引かれ者の小唄とはまさにこのことを言うのだろう。
有名投資家の態度としては、いささか見苦しく思われる。

ニッポン放送の大株主として、堀江貴文の影の指南役として、
彼はこの問題でキャスティングボートを握り、
それを根拠に堂々と活躍できると思っていたに違いない。

けれども、もったいぶって発言を控えすぎたのがたたり、
主役の座からはどんどん遠のくばかり。
しかも、所有していたニッポン放送株式の多くを売ったことが判明すると、
ますます主役の立場を得にくくなってしまい、
慌てて幾つかのコメントを残すが、既に存在感などないも同然の状態。
更に「堀江の指南役」であるような報道をされたことにより、
自分が儲けることしか眼中にないかの如き言い方をされるにい至り、
彼はとうとうやってはいけない失策を2つ犯した。

ニッポン放送株式の買い戻しが1つであり、
「フジテレビの子会社化支持」発言がもう1つだ。
この2つの事象により、村上ファンドは完全に主役の座から遠のいた。

村上のような立場にある株主は、
この問題については本来、完全中立を貫くべきだった。
まして彼は「株主の利益向上」を標榜しているのだから、
黙って動静を見極めた上で、最終的にどちらにつくかを判断した方が、
彼らにとっても損にはならなかった。

つまり、敢えて旗色を鮮明にしないことによって存在感を保ちつつ、
最終的に形勢有利と思われる側につくことによって、
存在感を明確にするべきだった。
そうすることで、村上ファンドの信頼性も増したはずだったのだ。

ところが、最初のうちこそ黙して語らぬ姿勢を貫いていた村上も、
「物言う株主」の真骨頂を発揮せんと功を焦った結果、
要らぬ発言(亀淵社長をクソ呼ばわりしたなどと週刊誌に書かれた)をし、
要らぬ行動(ニッポン放送株を大部分売ったなど)に出るようになり、
結果、彼の思惑とは外れる方向にどんどん流れが加速していった。
Livedoorとフジテレビの和解などというのは、
恐らく村上にとって最も避けたいシナリオだったに違いない。
しかし、現実に両者は和解し、村上は道化の1人を演じた程度の存在に
成り下がってしまわざるを得なかった。

彼がよく、「株主のため」などという言葉を使うのは、
要するに「自分(ら)のため」と読み替えられるべきであり、
多くの人がそうした主語の読み替えを行った結果、
村上の浅薄な目論見は無惨に崩れたというわけであって、
それを今更になってああいう場でグチグチと蒸し返すべきではない。
仕掛けるべき場所を間違えた彼に、何も言う権利などない。
要らぬ主張を今更してみても、誰もまともに耳を貸すわけがない。

それを辛うじて自覚しているからこそ、
大阪証券取引所の株を買ったりしているのだろうに、
まだこの問題を根に持っているとは、
村上世彰も思ったよりずっと肝っ玉の小さい男である。
そして、こういう人物が「物言う株主」として持て囃されることが、
今の日本の経済界にとって、何の利益ももたらさないばかりか、
大いなる不幸をもたらすことに早く気がついた方が良い。
posted by KAZZ at 20:50 | 島根 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | ライヴドア
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