2007年02月02日

公に言葉を発するということ

柳沢厚労相:「私の発言と選挙は切り離して」(毎日新聞)

柳沢伯夫という御仁は、
どうもまだ自分の立場というものが
わかっていないようである。

公の場で軽率な言葉を吐いた責任はきわめて重いのに、
「選挙と関連づけないで」などと意味不明なことを言っている。
もちろん閣僚ポストには汲々とし続けている。

公になる場で政治家のような立場の人物が言葉を発するというのは
相応の責任が伴う非常に重要なことである。
それはセンセーショナルであればあるほど無差別的に報道にかけられ、
言葉を発した本人が意図するかしないかは別にして、
パーッと広がっていきやすい性質を持っている。

そのことに思いが至らないまま、いくら比喩的に出た言葉とはいえ
あのような軽率な発言をしてしまったら
批判も喰らうし、突き上げを喰らうのも無理からぬ話だ。

彼の発言はたまたま講演会という場でなされたものであるが、
それでもこれだけ大騒ぎされてしまっている。
もしこれがもっと国益に直結するような場でなされたとしたら、
今回どころではない騒動に巻き込まれてしまうだろう。

情報がかつてないほど巷に溢れかえる時代である。
それだけに「ステートメントを発する」ということに
発信する側は殊更に敏感にならなければいけないのに、
それができていないから、今回のような騒動が起きてしまう。

しかも任命権者である安倍でさえ、これをわかっていない。
もちろん、他の多くの連中も然り。
これで本当に言葉に影響力を持つ政治家なのだろうか。

こうした一件を減少させるためにも
ここは柳沢が辞任することで
言葉の発し方に対する政治の側の考え方を
もう一度問い直すというのはどうであろうか。

時代の変容に合わせた「言葉への意識の持ち方」に対応できないようでは
この先が思いやられてならない。

ともかく、今回の柳沢の件を教訓として、
政治家たちは改めて今の時代に合わせた言葉の発し方を
考えていかないといけないだろう。
posted by KAZZ at 20:01 | 島根 ⛄ | Comment(0) | TrackBack(0) | 国内政治(政治家)
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