2005年06月06日

教育のやり方の問題

群馬県の若者就職支援センターが、
県内企業の人事採用責任者と30歳未満の若い職員に向けた
アンケートをしてみた
という。
群馬県内の3000社に送付したという。

面白いもので、人事責任者と若者とのギャップは
きわめて基本的な部分に集中している。

企業としては若者に対して
キャリアを形成する力」と「社会人としての考え方・態度」を
重視して採用を考えるというのだが、
若者はこれに対して、「キャリアを形成する力」を重視しておらず、
特に「自発的行動」「長期勤続意思」「誠実性」「課題発見能力」という
キャリア形成に関わると企業側で考える4つの要素について、
さほど重視していないのだという。そして彼ら若者の意見といえば、
給与・賞与が安い(48%)」
経営者の考えや経営方針に共感できない(36%)」
会社に将来性が感じられない(34%)」
というような不満に満ちているようである。

ろくに仕事もせずにこれか、などと思ってはいけない。
まず、若い連中に言っておかなければならないのは、
給与・賞与が安
共感できないような経営者の考えや経営方針を持ち
将来性が感じられない企業を選択したのは
他ならぬあなた方自身である、ということ。
つまり、選択したことによる責任の、少なくとも半分以上は
若い社員であるあなた方にも存在するということを
ハッキリと自覚しておかなければいけない。
それができないなら、最初から労働などしなければ良い。
但し、それによって国民の義務を放棄することになることによる
様々な弊害に対する責任を全て自分たちで負うという
自信と度量があれば、の話だが。

逆に、若者を採用する側はどうすべきか。
こういう若者が増えてしまった原因の一端は、
企業が流れ作業的に企業の価値観を押しつけることにあると言える。
もちろん、社風や企業としての価値観を
社員に受け入れさせることは大切なことなのだが、
「なぜ」という理由も添えていくなどの工夫も必要になろう。

そして、これは企業や若者たちでは解決できにくい問題だが、
教育が「労働に対する意欲」であるとか、
「若者に働く意志を与える」役目を放棄してしまっているという
非常に根の深い問題があるように思われる。

自身に課せられた義務を棚上げしてでも
権利だけを声高に主張することは「是」であるという風潮を
ここ最近の教育が作り出しているように思える部分がある。
もちろん、義務と権利の関係を正しく理解した上で
真っ当にそうした関係をこなそうとする若者もいる。
しかし、働くということを二の次にして
給料が安いだの、経営者や理念がおかしいだの、
将来性が不安だのと口にするのはおかしいであろう。
そんなに全てがピタッとフィットする仕事などあり得ない。
必ず某かのギャップや軋轢、悩みがある。
順風満帆に人生を送っているようでも、
そこに到達するまでには様々な問題に直面している。

働くことは様々な困難に立ち向かうことでもある。
安易に何もかも手に入ることはない。
そういう経験や知識が、若者たちには足りない気がする。
それは学校や地域での「教育」が、
そうした部分を棚上げしていることに関係があるように思う。
posted by KAZZ at 19:11 | 島根 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 国内事件・社会
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