2005年07月11日

So Far Away

小泉首相にしても、自民党・武部幹事長にしても、
So Far Awayな人たちだなあ、と思ってしまう。
つまり、何もかもがどっかに行っちゃってる人、という意味合いである。
(本当は竹中平蔵もここに含めたいが、今回はこの2人で話を進める)

一方の小泉は郵政民営化法案が参院の審議で否決された場合には
衆院の解散も視野に入れると明言してみせ

もう一方の武部はそれどころか継続審議となっても解散を選択するだろうと
妙ちきりんな予測をしてみせた


これら2名の素っ頓狂な言行録は、
本当にお目出度い政治家の代表格が残したものとして、
今後末長く語り継がれるであろう。

まず明確にしておく必要がある点としては、
誰も現在の法案による郵政民営化を要求していない。
やろうと思っているのは、あくまでも小泉一派と公明党ぐらいなもので、
少なくとも性急且つ強引な手法によって
現在の法案をそのまま通せなどとは誰も要求していないのである。

民営化して何がどのように変貌していくのか、
という点に関して明確なヴィジョンが示されず、
ただ功罪の功ばかりを強調するかの如き宣伝を繰り返すばかりで、
功罪の罪に対する議論がないのは、不公正というものだ。

郵政民営化に限らず、あらゆる法律及びその案には
功罪というものがついて回る。
そのうちの「功」の部分だけにやたらとスポットを当て、
「罪」の部分を覆い隠そうとする試みが
これまでにも何度となく行われてきたのだが、
その度に大きくなっていくのはたいていの場合「罪」の部分であり、
あとになって「それ見たことか」と言い出しても
既に後の祭りになっている場合が多い。

そこで小泉以下の郎党は、「功」の部分をひたすらプッシュし、
「罪」の部分を議論する時間を与えない戦術に出ているが、
それが結果として国会において総すかんを喰う原因になっている。

仮に「罪」の部分があったとして、
それで本当に趣旨や目的が著しく損なわれることがないと思うなら、
堂々と「罪」の部分も議論するのが当然だろう。
それで、その「罪」を如何にして小さくするか、
あるいはなくしていくかという点について、
議論の中から見出していくのが本当のやり方というものだろう。

そして、この「参院で否決なら衆院解散も辞さぬ」という姿勢には
非常に重大な問題がつきまとってもいる。「二院制の否定」である。

御存知のように日本の国会は衆議院・参議院の二院からなり、
どちらでも同じように審議が尽くされるのだが、
参議院には衆議院のチェック機能の役割が与えられており、
単純に衆議院を通過してきた法案の追認だけをするわけではなく、
場合によっては衆議院を通過してきた法案であっても
否決されたり、継続審議になったりすることがある。

立法府たる国会は、そうすることによってバランスを保ち、
滞りのない運営がなされることを期待される。

ところが、小泉・武部の御両人はというと、
その原則に真っ向から挑戦し、参議院でダメなら衆議院を解散だ、
などと言いタレている。

この人たちは二院制の意義を果たして御存知なのか?
もし、知らないで言っているのだとしたら、
この人たちはかなりどころか、とんでもなくお目出度い
国会は首相やその郎党のおもちゃ箱ではない
ダメならダメで仕方がないではないか。
それでなくても、今の日本が抱える課題は非常に多い。
それを今の時期に強引に郵政民営化などと騒ぐ意味がわからない。

それとも、日本の国会というのは、そんなに暇人の集まりなのか?
それなら理屈が通りそうな気がするのだが。
posted by KAZZ at 19:56 | 島根 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 国内政治(内閣・政府)
この記事へのコメント
コメントを書く
※いただいたコメントは必ず拝読しております。
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※半角英数字のみのコメントは投稿できません。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/5002871
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※半角英数字のみのトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。