2004年09月01日

この人たちに「責任」という意識はないのか?

言うまでもなく、三菱の連中のことを指している。
リコール忌避のための虚偽報告が問題となった裁判で、
被告となった三菱の連中は、ことごとく起訴事実を否認した。

やましいところがなければ、それはそれでいいが、
だとしたら、何故リコールの忌避を画策しようとしたのか。
今後の公判で、その辺りが明らかになっていくだろうが、
それにしても、この幹部連中(ひいては会社も)の態度は
いったいどういうつもりなのだろう。

自動車は、その扱いや調子が一つ間違うと
走る凶器になりかねないことは、メーカーのみならず
毎日のように車を運転する者なら重々承知していよう。
自らのミスを例に引けば、例えば、AT車のブレーキペダルと
アクセルペダルを間違えて踏んだために暴走事故を起こした、
などというケースがよく報じられたりするが、今回の裁判では、
そういう自己責任の範囲で片が付く事故の話をしているのではない
ミスに対する主語はメーカーであってユーザーではないのだ。
三菱はそこのところが、どうもよくわかっていないようだ。

この種の責任は、虚偽の報告をして忌避できる類のものではない
自動車に限らず、乗り物の製造に関わるメーカーは、
何によって顧客からの信頼を勝ち取るかと言えば、
それはひとえに安全性の高さでなければならない。
例えば、どんなに速く乗り心地の良いスポーツカーを作っても、
どんなに航続距離と速度性能が飛躍的に伸びた飛行機を作っても、
そこに「安全性」が伴わない物は、全て欠陥品と同等の扱いを受ける。

無論、交通事故をゼロにするのは、困難というか、
現実的には様々な要因もあって無理かもしれないが、
それでもメーカーの側が究極の性能としての安全
如何なる場合でも安定的に提供することさえできれば、
あとはユーザーの安全意識を高いレベルで維持できるように
意識を持っていくことが可能になってくる。
普通の自動車メーカーは、そのことに日夜努力し、腐心して
通常故障はもちろんのこと、リコールが必要になるような
重大な故障が起きないように務めているはずではないのか。

それとも、三菱自動車では、そうした努力は行われていないのか。
いや、仮に現場レベル、あるいは末端レベルでそうした努力があっても、
上層部がそれをしなくても良いと思い込んでいるのか。

だとしたら、三菱に自動車を作る資格はない
とっとと自動車の製造から手を引いてもらいたい。

好きで三菱の車に乗っている人たちはともかく、
様々な事情により、好むと好まざるとに関わらず、
三菱の車に乗らざるを得ない人たち
が、これでは可哀相
だ。
posted by KAZZ at 20:19 | 島根 | Comment(0) | TrackBack(0) | 国内事件・社会
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