2005年09月02日

改革を声高に叫ぶのは無能の証拠

ここ数年、政治家がとにかく「改革」と声高に叫ぶようになった
確かに改革そのものは非常に重要なことだし、
これまでの制度や法律、あるいは方法論に問題があるのなら、
より良いものに変えていくのは必定というものだ。
だから、改革を行うこと自体には何の問題もない。
必要な改革は、定めた優先順位に従ってどんどんやっていただきたい。

しかし、そこで私は考える。
改革というものは、果たしてデモ行進の際のシュプレヒコールよろしく
声高にそれの実行やそれに対する決意や態度を連呼しなければ
まともに進めることもできない
ようなものなのか
、と。
改革はそんな軽いものではない。もっと重要なものだろう。

御存知のように、今は衆議院選挙の真っ最中だ。
与党寄りの候補者は何かにつけて「改革」を連呼し
野党側の候補者からも別の視点からの「改革」の声が聞かれる
彼らが改革したいものはそれぞれの立場によって異なるが、
ともかく郵政民営化にせよ、年金問題にせよ、
改革、改革、改革」のオンパレードである。

だが、ちょっと待ってもらいたい。
有権者は別に彼らの掛け声に投票したいのではない
その実行能力と実現可能性の高さに投票したいのである
どうもその辺りがわかっていない連中が多すぎる

彼らが「改革」を連呼したとしても、
それが意図した形で実行できるとは限らないのだし、
その改革」の中身がより確かなものにならなければ、
それこそ掛け声倒れに終わる
ことだって考えられる。
そうしたことまで考慮した上で「改革」を連呼するのならともかく、
何か単一の、緊急性を要するとは決して言えないようなもの
改革」という名の下に弄ぶためにそれを連呼し、通そうとするのなら、
それは真の「改革」ではなく、ただの「改革ごっこ」でしかない。

彼らが盛んに連呼する「改革」のフレーズが、
彼らの無能や無策を覆い隠すための材料にしかならない
ことを、
何となく感じ取っている人は多いと思う。
所詮改革」の一部分に過ぎないものを「改革の本丸」などと誇張し
偏執狂的にこだわることしか能のないパラノイアじみた政治家を、
果たして人は有能だと思うだろうか

少なくとも私はそういう政治家を有能だとは思わない
本当に有能な政治家であるならば、いくら自身の政治的課題であっても、
他の重要な懸案と共に公平に扱い、その優先順位も冷静に判断する

そうしなければ、政治家として最も重要な資質である公正無私
(ノブレスオブリージュ)の精神を棄損するしかなくなるからだ。

だが、我が国ではどうやらそうではないらしい
冷静さを失いヒステリックに自身の政治的信条に固執し
それをまるで国家の一大事であるかの如く誇張して喧伝した挙げ句、
手前勝手に楽観ムードに浸って喜んでいる政治家がいて、
ポピュリズムワンフレーズポリティクスにしか依存できない
(ついでに言えば、マスメディアのバカ騒ぎもこの中に含められる
実は無能なその政治家が、この国のリーダーであるという不幸
もっと日本国民は真剣に考えた方がいい

ただ、残念なことに、それを上回る不幸もある
あのような程度の政治家を凌駕できるような人材が
この国には徹底的に不足している可能性がある
ということだ。
だからこそ「改革」の念仏踊りに興じることしかできない政治家
この国には多くいてお互いの無能を糊塗するべく微妙に色の違う
しかし内実にはほとんど大差のない「改革」というフレーズ
依存しなければ何も主張できない政治家や政党の存在を
結果として許してしまっている
ことになる。

どうやら最も「改革」すべきは、政治家の質かもしれない。
posted by KAZZ at 00:02 | 島根 ☀ | Comment(2) | TrackBack(1) | 国内政治(その他)
この記事へのコメント
冷静に考えたら(考えなくても)やるべきことを淡々と確実にやってくれたら、別に変わったことやら目新しいことをしてくれなくても、それでいいんですよね。
私は平和で暮らせたら、それでええ、と思ってます。かと言って我が大阪10区みたいに犯罪者が選挙に出るのは嫌ですがw
Posted by 佐倉純 at 2005年09月02日 01:13
まったくです。
当たり前のことを当たり前にやっていく。
その中で弊害があるものは変えていけばいいし、
それを殊更に主張しすぎる必要なんて
本当は何処にもないんですよ。

要は、大多数の政治家が当たり前のことを
実はまったく当たり前にやってこなかった、と。
だからこうした空騒ぎが起きているわけです。

そう考えたら、実にくだらん話ですよ。

>かと言って我が大阪10区みたいに犯罪者が選挙に出るのは嫌ですがw

何で出て来ちゃったんでしょうね、あの人。
他にすることがなかったんでしょうな、きっとw
Posted by KAZZ at 2005年09月02日 01:40
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「改革」の中身
Excerpt: 「改革」の言葉に躍らされてはいけない。 静岡の落下傘部隊の候補者が、「選挙区はどこでもいい」? これって、地元の選挙民をバカにしてないか? 地元としては、「我々の代表を国会に!」との願い..
Weblog: ニュースにひとこと
Tracked: 2005-09-02 19:48
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