2005年09月18日

泥船から逃げる人々

連合というのは労働組合の総本山みたいなものだが、
正直、ここ最近の彼らはどういう意図で政治にコミットしているのか
理解に苦しむ部分が多々あったりする。
そこの長野県支部(連合長野)など、まさにそうだ。

だいたい、2000年の知事選挙において
「改革」の美名に騙されて田中康夫を推したりする連中だ。
そうかと思うと2002年の知事選に際しては、
どういうわけか対立候補を推してみたりするという
奇妙奇天烈な行動にも出たりする。

それが、今頃になって目が覚めたような体裁にして
正式に転向(田中との決別)を決議する姿勢を示そうとしている
らしいが、
遅いというより、この連中の人を見る目のなさと、
その態度のあやふやさに、ただただ呆れるより他ない

よほどの日和見主義者か、ないしは状況判断のできない連中なのだろうが、
このように無意味なふらつきで政治に対するコミットの在り方を
あっちこっちに変えるような連中
が支持する民主党なんてところは
相当に不幸な気もするこんなのがバックボーンではかなわんだろう。

まあ、民主党の話が本題ではないので、元に戻す。

田中が知事として適格条件を欠いていることは、
既に多くの人が知っているし、それを暴露する多くの動きもあった
現在進行中の百条委員会などもそういった動きの1つだ。
そうしたことが積み重なって、田中に多くの疑問符がつくことになり、
改革の旗手」という当初の風評は虚飾であることが見破られ
マスコミなどの報道も、田中に必ずしも肯定的ではなくなってきている
田中本人はそのことが気に召さないのか、
この期に及んで新党日本の代表としての立場を利用して
長野県知事としての実績をアピールする
ことによって、
自らの正当性を立証しようとしているが、
そんなことを今更してみたところで、以前のように大した疑いもなく
信じ込んでくれる人は少なくなっている
ということに、
気がつかないのだから、田中も相当にお目出度い

いや、たぶん本人は気づいているのだろうけれども、
以前のようにワラワラと勝手連が湧いて出てきてくれるわけでもなく
簡単に田中の弁護を引き受けてくれるような連中も
昔ほど出てきてはくれない
のだから、半ば諦めているのかもしれない

何にしても、沈み行く「田中康夫」という泥船から逃げ出そうとする人は
今後も確実に増えて行く
であろうし、それを止める手立てを
当の田中康夫が持っていないことは明らか
であり、
田中が仮に本格的に長野県から国政に軸足を移したとしても
同じことを繰り返すだけの結果にしかならない
ことが予想される現状では、
如何なる抵抗も無駄な足掻きに終わるだけのような気がする。

結局、田中が知事として長野県に残したものは、
ただの悪質なカオスでしかなかった
ということになるのだろう。

既に多くの人が気づいているそのことに、
連合長野も今頃それに気づいたようなことにしているが、
2002年の知事選時点で対立候補を推すことにした際には
既に気づいていたであろう
ものを、何故今頃になって
公に「気づきました」と言い出さなければならない
のか。
そこに彼らの政治的無責任を見るような思いがする
posted by KAZZ at 22:41 | 島根 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 田中康夫長野県政
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