2005年10月12日

鳥取県式人権擁護法案の陥穽

鳥取県人権侵害救済推進条例案というのを御存知だろうか。

それが11日に鳥取県議会総務警察常任委員会において
賛成多数で可決
され、翌12日、つまり今日、
県議会本会議で可決された。

端的にどういう条例案なのかというと、
県に対して人権侵害の申し立てや相談があった場合に、
県知事が任命する人権侵害救済推進委員会がこれを調査して、
その被害者や関係者に然るべき機関を紹介したり、勧告をしたりする。
この場合、当事者は必ず調査に協力しなければならず
もし正当な理由のないまま調査に協力しなかった場合には
5万円以下の過料
とする罰則を、
また勧告等に従わなかった場合には、氏名の公表を実施するという罰則を
それぞれ設けるのだそうだ。
但し、調査対象が行政機関である場合、
犯罪予防等に支障を来す恐れがある場合には、調査協力を拒否できる
という。

ここで問題になるのは報道の扱いなのだが、
これがどういうわけか調査・勧告の対象になっているらしく、
とうとう削除もされなかったようだ。

ただ、この条例案が最も問題だと思うのは、
「人権侵害」の具体的な範疇を全く示していないこと(注)であり、
もっと言えば「報道の自由」についての考慮がなされていないことであり、
更に、私人同士の問題に行政が関与の度合を強めることで、
行政の過干渉といった事態を招きかねない
ということである。

無論、人権侵害については厳正な対処が必要ではあるが、
そのために市民生活に著しい制約を課すことが、
果たして人権擁護の方法論として正しいことなのかどうか

更に言えば、私にはこの条例案に対する
片山善博知事の妙に投げやりな態度
が気になって仕方がない。
例えば「懸念が具現化しないように注意しながら運用し、
結果によっては修正案を出す
」ということを言っているのだが、
この「やってみなければわからない」式の運用論では、
早晩必ず行き詰まることが目に見えている条例案
運用するための理屈としては、あまりにも貧弱すぎる
そんな投げやりな考え方で運用するぐらいなら、
何故もっとしっかりと条例案を練り込もうとしなかったのか


既にここまで3回の継続審議になっているとはいえ、
それでもまだ議論が尽くされているとは考えられない
まして、国会でも同様の法案が出ていながら
未だに可決成立の道筋すらついていない
ものを、
このような形で先取りすることが、本当に地方自治体の役目なのか
国の法案では多くの問題点が指摘され、それ故の反対論も根強いが、
それを一地方自治体がこうした形でフライングすることに
如何なるメリットがあるのかが全く説明されていない

また、こうした条例が逆に新たな人権侵害を生み出した場合、
鳥取県はその被害者に如何なる責任を取るつもりなのか


こうした条例案を生み出すこと自体、私は行政の怠慢の結果だと思うし、
人権侵害という事象に対して、あまりにも意識が乏しいことの証左だと考える。
そうした鳥取県の無為無策を厳しく追及する方が先ではないか。
その上で、人権侵害について、現行法を最大限利用しながら
それらを解消する策を模索していくのが本当のやり方
であろう。

鳥取県及びその議会は、
何やら重大な勘違いをしているように思えてならない。
以下は後日談的な追記である。
(2005年10月14日記)

鳥取県議会で人権侵害救済推進条例案が可決されたあと、
片山善博知事が記者会見に応じた中で、報道についての扱いを問われて、
報道については(是正勧告対象から)除外しても良かったのではないか
などと述べた
そうである。

そんなことを言い出すぐらいなら、最初から条例案において
是正勧告の対象から報道機関を除外しておけば済む話
であり、
既に条例案が可決成立してからこのようなことを言い出すのは
報道の役割や存在価値を軽視した後出しジャンケンであり、
この条例案が如何に大した検討もなく可決成立したかを物語る
格好の事例
と言えそうだ。

そのような拙速に走る鳥取県及び片山知事には
正直なところ、失望したとしか言いようがない。

<更に追記>
BLOG「A day in the life of Nagoya」上で、
この条例の全文を見つけたので貼っておく。

http://aoyagi.txt-nifty.com/ura/2005/10/post_cb42.html

(注)
原文にて「『人権侵害』の具体的な範疇を全く示していないこと」という記述をしたところ、コメント欄において「条例の条文中に列挙されている」との趣旨の御指摘をいただいた。確かにその通りで、全く申し開きのしようがない。
こちらの確認ミスであったことをここにお詫びすると共に、同センテンスより「全く」という記述に関して削除させていただく。
但し、条項の列記があっても、条例自体には問題が多々ある(特に運用の在り方の面で)と考えるので、そのことは改めてここに明記しておく。(2005年10月15日記)
posted by KAZZ at 20:39 | 島根 ☀ | Comment(14) | TrackBack(8) | 地方自治一般
この記事へのコメント
まったくのザル法になるか、恐怖の治安維持法になるか、鳥取県民じゃない私は生暖かい眼で観察しようと思っています。こうなった以上は仕方ないので、鳥取にはスケープゴートになってもらいましょう。
こればかりは「また大阪か」じゃなくて良かった、とつくづく思います。
Posted by 佐倉純 at 2005年10月14日 00:05
元々の提案者は片山知事なんですよね、これ。
ところが素案があまりにも問題を有していたようで、
結局、3回も継続審議になった代物なんですよ。

今回にしても、提案から本会議可決までの時間が非常に短く、
そのことからも問題点を積み残した状態による拙速な可決を
危惧する声が出ている、というのが現状のようです。

運用が、これは相当難しいだろうと思いますよ。
ことに行政機関からの人権侵害という事例が発生した際に、
調査拒否できるという取り決めを悪用すれば、
簡単に事例を有耶無耶にすることも可能なわけですから。
Posted by KAZZ at 2005年10月14日 00:57
運用を間違えて結局廃棄されるに一票なんですが悪法にもならない可能性さえあると考えます。
なんにせよ鳥取県には今後注視していく必要があります。
Posted by 彩庵 at 2005年10月14日 21:04
>彩庵様

正直、今回ばかりは片山さんに失望させられました。

こういうバカバカしい条例を制定させようとしてしまう背景も含めて
キッチリと注視・検証していくことが重要かと思いますよ。
Posted by KAZZ at 2005年10月14日 21:12
はじめまして小役人です。
TBありがとうございます。
この問題は、表現の自由の危機だと思います。

各自治体でこのような条例が
成立してしまわないことを祈るばかりです。

↓時事珍宝
http://diary.jp.aol.com/mfpgfqub3pe/
Posted by 小役人 at 2005年10月14日 23:55
>小役人様

どうも初めまして。

確かに表現の自由という観点において
重大な問題を内包した条例だと思いますね。
また、片山さんは1年後に見直しをなどと言っていますが、
恣意的な運用の危険性が指摘されている現状において、
この投げやりな姿勢は到底看過できるものではありません。
Posted by KAZZ at 2005年10月15日 00:14
リンクどうもです。

リンクしてもらって言うのもなんですが、

>「人権侵害」の具体的な範疇を全く示していない

ってのはちと言い過ぎかと。
条例第3条をご参照ください。

法実務的にこれ以上具体性を持たせるのは事実上困難かなと思いますが、他に具体的例示の方法があればぜひ詳述願います。今後の論述の参考になりますから。
Posted by 青柳 洸 at 2005年10月15日 13:53
もう一つ蛇足を承知で。

現行唯一の国内法である「人権擁護委員法」には人権侵犯の定義が一切なく、曖昧どころの騒ぎではありません。なぜこれを真っ先に批判しないのかやや疑問です。
Posted by 青柳 洸 at 2005年10月15日 14:07
>青柳 洸様

貴重な御指摘、有り難うございます。

>第3条

確かに8項目ほど列記されていますね。
ただ、これらは結局ガイドラインなのかな、と。
(1)〜(3)項及び(7)〜(8)項あたりは
イメージが何となくつかめるんですが、
(4)〜(6)項ではそのイメージがつかみにくい部分がありますね。
全般的にどうとでも受け取れるという気もしますが、
特に(4)〜(6)項にはその傾向が顕著です。

簡単に言えば恣意的な判断をさせる余地を
この8項、特に(4)〜(6)の3項では
残してしまっているんじゃないかと。
とはいえ、仰るようにこれ以上の具体性を持たせるのも難しい気はします。
結局、知事が選出する委員が如何に公正中立性を保てるかなのかもしれません。

>現行唯一の国内法である「人権擁護委員法」には人権侵犯の定義が一切なく、曖昧どころの
>騒ぎではありません。なぜこれを真っ先に批判しないのかやや疑問です。

これに関しては、
本エントリの主眼があくまで鳥取県の条例にあるということで、
それはそれでまた機会を設けてエントリを書くことになると思います。

こうしたコメントで
回答になっているかどうかわかりませんが、
何卒御理解いただきたく思います。
Posted by KAZZ at 2005年10月15日 14:32
たびたびすみません。

> 知事が選出する委員が如何に公正中立性を保てるかなのかもしれません。

あの知事の専決事項ではなく議会の同意が要件になってるんですけど。(条例7条1項)

行政と立法が完全に結託しないと恣意的な選出は少々無理かと。まあ今の地方議会はクソッタレなオール与党体制が多いですから、そういう意味での指摘ならやっぱりそう書かなきゃ。

Posted by 青柳 洸 at 2005年10月16日 07:28
>青柳様

>行政と立法が完全に結託しないと恣意的な選出は少々無理かと。

委員の任命や解任に議会の同意を要するというのはわかりましたが、
あの条文の記述では、議会が同意すると言っても、
その同意を特別委員会→本会議の順でやるのか、
単に本会議(または委員会)だけで決めてしまうのか、
あるいは議決の方法にしても
全会一致でなされるか、多数決でなされるかが
条文には何ら明記がないわけです。

また、仮に多数決だとして、
どの程度の賛成票を要するかまで書いてないですよね。
例えば、半数以上なのか、2/3以上なのかというような
具体的な賛成票の獲得基準がわからないわけです。

つまり、「議会の同意」なる文言だけでは、
その方法論の明記がない以上、どうにでも解釈のしようがあるというわけです。

ですから、

>まあ今の地方議会はクソッタレなオール与党体制が多いですから、そういう意味での指摘ならやっぱりそう書かなきゃ。

と仰られても、そこまで記述することもないと私は考えます。

なぜなら、任命・解任の同意に際する手続を定めた文言が
「議会の同意」という曖昧な記述しか見受けられない以上、
それはつまり、県の側で如何様にでも同意の手続を
定められる可能性を有していると考えられるわけで、
その意味から、公正中立性を完全に担保できているかどうかが
かなり疑わしいと考えるためです。
Posted by KAZZ at 2005年10月16日 09:19
基本的に「議会の同意」というテクニカルタームは「本会議での多数決」という意味以外ないと思っていましたが、このあたりに解釈の余地があるというのは定説なのでしょうか。

質問ばかりですみません。
Posted by 青柳 洸 at 2005年10月16日 11:01
>青柳様

仰る意味はわかります。普通は「本会議での多数決」でしょう。
普通に解釈の余地があるかどうかと言われれば、
恐らくないのかもしれません。
但しそれが不文律であることを逆手にとって新たな解釈を作り出し、
且つそれを逆に明文化してしまうという可能性も
決して否定できないと考えました。

まあ、一般的には私のような解釈はしないと思いますが、
条例の内容が内容だけに、念のためという意味で。
それ以上の意味はないと思ってください。
Posted by KAZZ at 2005年10月16日 19:15
Posted by at 2005年10月17日 15:55
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